img_silver生まれ変わりの証

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私は時間にもルーズで、仕事柄(解体作業)、お酒、タバコ、賭け事は当たり前のようにしていました。 他人に親切にする事など考えた事も有りませんでした。そんな私が、友人の誘いで教会に来たのですが、最初は友人への付き合いの為だけでした。しかし、牧師先生のメッセージを聞いているうちに、今の自分が、いかに駄目な生き方をしているのかと強く感じました。それからは、仕事が入らない時は教会に来るようになりました。 そして聖書の教えで、「隣人を愛しなさい」や、「自分の体を汚してはならない」という御言葉を知り、今は、時間を守るようになり、タバコ、賭け事も止め、お酒の量も極端に減りました。乱暴な言葉遣いも改め、電車の中で、お年寄りに席を譲り、他人にも親切にするようにもなりました。本当に教会に来て良かったと思っています。 今後は、お酒も完全に止め、もっと御言葉を学び、成長し、このように変えて頂いた神様に感謝し、多くの人にイエス様を伝えて行きたいと思っています。

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imgres悲しい時にこそ家族の心が集まる

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みなさん、こんにちは!昨日、ヨハン早稲田キリスト教会では洗礼式が行われましたが、私の両親も洗礼を頂き感動が溢れました。私が家族4人の中で初めて信じてから11年間の祈りに応え、常に忍耐と希望を教えながら家族全員洗礼を頂くようにしてくださった主に全ての栄光をお返しし、その導きについてお話したいと思います。 私は、1997年クリスマスにこの教会で洗礼を頂きました。クリスチャンだった叔父の伝道により、小学生のときから聖書に出会いましたが、その後大学受験やサークル活動に夢中になり、聖書や教会からは足も心も遠のいていました。大学生のときにこのヨハン早稲田キリスト教会に導かれ、聖書勉強をするなかで、イエスキリストを否定していた自分の高ぶりに気がついて聖書どおり信じることができるようになり、主に従って生きる決心が与えられました。 信じてすぐ、自分の家族や親しい友達にもイエスキリストを伝えたくて、聖書の言葉をプレゼントしたり、ヨハン早稲田キリスト教会に招いたりしました。人の反応は様々で、その中で一喜一憂せず、まず自分がしっかりして一人のために祈りを積むことの大切さを痛感しました。父と母と姉が初めてヨハン早稲田キリスト教会を訪れたのは1997年のクリスマス、私の洗礼式のときでした。次に家族4人揃って礼拝を捧げたのは1年後、1998年の収穫感謝礼拝でした。 何かあるたびに同居している家族を礼拝に誘いましたが、1年に1回教会に来てくれるだけでも感激でした。これが毎週だったらよいのにと寂しい気持ちを感じながらも、いつか必ず、と祈りながら、一人でヨハン早稲田キリスト教会に通い続けました。私の家族は、クリスチャンや教会に対しては肯定的でしたが、自分は自分、と信じるまでには越せない壁がありました。変化があったのはそれから3年後、私が実家を出てからです。両親は最初、私が実家を出ることに反対しました。 実家は自営業でパン屋を営み、いつも一緒で仲の良い家族でした。私は就職して3年経ち、自身の成長のため必要と思い、経済的・精神的に独立してみたいという気持ちが強かったのですが、思いがけず強い両親の反対にあい、理解を得られるように祈っていました。悲しむ私と両親の気持ちを一番近くで理解し、間に立って和解するため、助けてくれたのが姉でした。反対していた両親を姉が説得し、応援してくれるように変わりました。 ヨハン早稲田キリスト教会の近くなら知り合いも多くて安心と、東中野で一人暮らしをするようになりました。土曜の夜には姉が部屋に泊まりに来て語り過ごし、翌朝教会の礼拝に一緒に通うようになりました。聖書を学ぶ中で姉に信仰が与えられ、毎週教会に通うようになり、2003年のクリスマスにはまず姉が洗礼を頂きました。母は月に一回くらいは、父も一年に2回以上はヨハン早稲田キリスト教会に足を運ぶようになりました。「神様、今は私が祈りを積むときです。祈りますから、必ず家族全員に信仰を与え洗礼を授けてください、そして今度は家族が信仰を持ち、私のためにも祈ってくれるように祈り合える家族へと変えてください。」という祈りを続けました。 なかなか変わらない、むしろ状況が悪くなるように見えるとき、先が見えないけれど、その分必死に祈るときには力が入り、涙が出ました。今まで、家族から私に注がれた愛が長くて大きい分、その器を満たすために沢山の祈りをつまなければいけないと感じました。2005年に神様の導きによりヨハン早稲田キリスト教会で出会った兄弟と結婚して家庭を持つ恵みを頂き、夫の祈りも加わって、母は礼拝の後、筍の集いまで参加するようになりました。しかしどんなに誘っても、母は「教会は月に一度で十分、これで精一杯」と譲りませんでした。 ある時、「悲しい時にこそ家族の心が集まるから、救われるチャンス」というチャレンジが与えられました。私の実家のパン屋が土地を東京都に買い上げられることが決まっていました。70歳近い両親が年老いて体が不自由になったとして、遠くから教会に通えるでしょうか?これは最後のチャンスだ、引越しは必ず教会の近くにと祈りました。また、私が結婚して2年半経ち、共に孫を願ってもいました。それらの祈りに対してはまるで神様が静かに「待て」とおっしゃっているような沈黙の期間が続き、その時間はとても長く長く感じました。祈りながら、2008年からは執り成しの祈りを多く頂きながら、待ちました。 2008年初夏、神様が扉を開いてくださいました。北新宿に良い物件が見つかりました。夏が過ぎ、母は一度も休まずに洗礼クラスに毎週自分から喜んで参加するようになりました。洗礼クラス開始当時の母の祈り課題は、父も一緒に洗礼を受けるように、引越しが無事に導かれるように、孫が与えられるように、その3つでした。たくさんの先生方、兄弟姉妹の祈りの助けをいただき、9月終わりに私の妊娠がわかり、11月には引越しを終え、昨日、父と母は一緒に洗礼を頂きました。 家族の祈りを加え、主が一番よい時に応えてくださったのだと信じています。実家では主日もお店を開けていたので、心が落ち着きませんでした。実家にはお風呂がなくて銭湯通いで、冬は帰り道に髪の毛が凍るほど寒かったです。父はよく風邪を引いていました。ひざが悪い母が、狭くて急な階段を上り下りする姿を見るたび、心が痛かったです。自分だけ救いの確信を持って、教会の近くで便利な生活をしているのが悔しいような気持ちがどこかにありましたが、両親が引越しを終えて、洗礼を頂き、笑顔で毎週教会に通う姿を見て、祈り続けさせてくださった主に対する感謝と平安が溢れます。何よりもまず、神様の国と神様の義を第一に求め、信仰により永遠の命が与えられたことに心から感謝します。何事もよいことはあきらめないで祈り続け、たゆまず行い続けなさいと、力強く導いてくださる主に栄光をお捧げします。

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家庭の導きはイエス様によって

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先ずは、このような証しの機会を与えてくださった主なる神様に心から感謝と栄光をお捧げいたします。今日は皆さんに、私が救われた時のこと、そしてこれまで、主から与えられている恵みについてお話したいと思います。 私がこの教会に初めて導かれたのは1998年12月に行われたゴスペルコンサートでした。後に私と結婚した妻によってそのコンサートに誘われました。当時の私は、ゴスペルという言葉の意味についてほとんど何の知識もなかったので、コンサートの時間のほとんどをあまり関心が持てずに観ていました。しかしただ一つ、その時にメッセージを語ってくださった牧師先生の全身から溢れる喜びと、嬉しそうに主なる神様の愛を伝えてくださった姿だけは今でも印象に残っています。そして、その後、彼女は私を教会に何度も誘ってくれたのですが、私も頑固な性格ですので、なかなかすぐに行ってみようという気持ちにはなれませんでした。しかしある時、私はこうして誘い続けてくれる彼女に申し訳ないという思いが湧いてきました。これまで私は彼女を友人だと思っていながらも、彼女が良いと思って勧めてくれているものに対して、何も見てみることなしに疑い、拒否するのは本当の友人の態度ではないのではないか。すごく自分が偽善的で間違っている気がしました。そうして私は、教会に行ってみようと決心したのです。そして、その時私は決めました。それは、今まで持っていたキリスト教に対する自分勝手なイメージ、先入観をなくし、イエス様が私を救ってくださる救い主なのだということを、たとえ今は理解はできなくてもとにかく受け入れて、真っ白な気持ちで聖書に触れてみることです。こうして主は、私の中の心の氷を溶かしてくださり、その年の夏にキャンプでイエス様との人格的な出会いが与えられ、11月には洗礼を受け、10年経った現在に至っています。 クリスチャンとなった頃、私はまだ大学生で、教会に通いながら大学院の受験勉強をしていました。そして主の目の中で一番良いと思われる場所に導いてくださいと祈りながらいくつかの大学院を受けたのですが、最終的に現在私が所属している大学院に導いてくださいました。今振り返ってみても、大学に入学したことは自分にとって最善の場所であったと確信しています。そして大学院に入学後は、キャンパスでのクリスチャンサークルの活動をしながら、将来、学問の世界で影響力のある人物となり、イエス様の愛の深さ、広さを伝えたいというビジョンが与えられるようになりました。 また、2001年から2002年にかけての約8ヶ月間の留学期間においても、主は私と共にいてくださいました。留学が始まって最初の3週間、毎週一人ぼっちで教会に通い、大変孤独感を感じていました。しかし、そんな時、イエス様は私に対して大きな憐れみをかけてくださいました。あるきっかけで大学の寮に引っ越すと、なんと二人部屋のルームメイトは韓国人留学生でクリスチャン、隣の部屋の日本人までクリスチャンというものすごく恵まれた環境に状況が一変したのです。この留学生活の中で、どこにいてもイエス様は、私のそばにいてくださるのだということを深く悟りました。その後、私は大学院で博士課程に進みました。そして、2007年には、実力もまだまだ不十分で、採用される要素がない中で、現在の助手の採用審査をパスさせてくださり、素晴らしい職場環境、研究環境を与えてくださりました。今振り返ってみれば、試練の連続の中でも、主なる神様のご計画の中で、たくさんの祝福と素晴らしい人々との出会いを与えてくださっていたことを実感できます。 私は現在、妻と子供、そして素晴らしい職場が与えられていますが、もし私がイエス様と出会っていなければ、人生の中で経験する様々なことが、その時だけの一瞬の喜びで過ぎ去ってしまっていたかもしれなかったでしょう。また、日々、イエス様が与えてくださる感謝すべきことも探し出せずに虚しく毎日を送っていたかもしれません。しかし、今の私にこれら全てが主なる神様の祝福によって与えられていることを強く感じられることは、何よりも幸せなことだと思います。そしてまた、これから経験する未来に対しても、祈り求めることができるというのは、主から与えられた特権だと思います。 イエス様がいつも私と共にいて背中を押してくださることを深く感謝しながら、職場でも家庭でも大胆に歩んでいきたいと思います。これで私の証しを終わらせていただきます。どうもありがとうございました。

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000724e金圭東牧師-「東京教会入党礼拝」

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国民日報連載に連載された金圭東牧師の証し                                                    ヨハン東京キリスト教会(ヨハン早稲田キリスト教会)の入堂式までに至る道のりは正に、主の御業である。 国民日報に連載された金圭東牧師先生の証を掲載する。   「愛する聖徒の皆さん、ついに皆さんの手によって建てられた教会で神様に礼拝を献げられるようになりました。皆さん、これまで大変お疲れさまでした。」「私達も教会ができた」とマイクでも持って日本列島を飛び出して叫びたい心情であった。地上5階、地下1階の教会は、それまで居場所がなく渡り島のようにさまよいながら礼拝を献げた私達を、温かく迎え喜ばしく思っているようであった。   先月の二十四日、教会開拓十二周年になって東京の北新宿に建てられた教会で、入堂式の礼拝が献げられたその日は、私にとっても、聖徒たちにとっても歴史的な日であった。入堂式のために聖徒たちは夜明けから来て、教会を隅々まで掃いたり、磨いたりしていた。まるで、新しい家に引っ越しするときうきうきするように、働きながらもひたすら楽しい様子だった。   聖徒たちの手できれいに整理された教会の入口に掛けられたテープを切るために立ったのだが、何とも言えない感動と喜びで体が震えた。この瞬間に感激したのは私だけであろうか.ひたすら日本の地に福音を伝えるために前だけを見て走ったこの12 年を振り返ると、つらく困難な絶頂の連続であった。ここに神様の働きがなかったら、絶対にここまで来ることはできなかったと敢えて言いたい。ついに歓呼とともにテープが掛けられた。教会に堂々と立つ十字架の下に書かれた『ヨハン東京キリスト教会・ヨハン早稲田キリスト教会』の名前を眺めると、鼻筋がずきずきした。   この建物を手に入れるために、千余名にもなる聖徒がどんなにたくさん涙を流しながら祈ったか知っていた。朝の眠りを覚ましながら励んだ新聞配達、食堂で皿洗いをしながらもきちんと十一献金と建築献金を献げた貧しい留学生たちの手を、どうして忘れることができようか。教会開拓何年かでたやすく大きな建物を建てた教会も多いが、聖徒の大部分が留学生である私達の教会ではけっして簡単なことではない。   入堂式礼拝を献げる途中、他の牧師先生たちがお祝いのメッセージを語るときも、説教をするときも始終目を開けることも笑うこともできなかった。今にも涙が流れそうであった。頭の中をあらゆる考えがかすめて過ぎていった。1985年大学のキャンパスを巡回し伝道した日、十六名の聖徒を出発点とし、創立礼拝を献げた日、留学生たちの両親の役割をしながら信仰で彼らと苦楽を共にした日、そして、ある日いきなり私に迫ってきた陰謀とテロ事件、また事件、事件の連続。   「皆さん、これまで本当にたくさん苦労しました。トイレのない建物で礼拝を献げたとき、近所の公園のトイレを使うためにあちこち走りまわった皆さん、今ここでは思うままに礼拝と讃美を献げましょう。」釜山のイサベル女子高の学園長であられる柳グムジョン博士の祝賀の言葉にしぱらくの間どっと大笑いするようであったが、あちらこちらからすすり泣く声が聞こえた。   突然悲しみの様子が現れた。我が聖徒たちはもともと良い信仰をもつ留学生もいるが、相当にたくさんの人数が留学に来て信じるようになった人たちである。彼らは初めて経験する神様の愛に深く浸りながらヨハン教会を心から大事にした。すでに私たちは神様のうちに、兄弟姉妹であり家族であった。今彼らとともに祈り、讃美しながら、笑い、泣きながら歩んできたすべてのことを告白することにする。    ヨハン早稲田キリスト教会 文書宣教部

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kazoku_all家族の救いを信じます

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今日、このようにゴスペルナイトで証を出来る恵みに感謝いたします。 私が教会に導かれたのは、約3年前の秋の事です。新大久保へ立ち寄った際に、韓国人でクリスチャンの留学生と出会い、ヨハン早稲田キリスト教会へと導かれました。そして、初めてゴスペルナイトへ参加した時に大きな衝撃を受けました。というのは、最後に、初めてゴスペルナイトへ足を運んだ方々のために歌われる「あなたは愛されるために生まれた人」というゴスペルを聞いた時でした。今まで沢山の人々と会話をしたり、コミュニケーションを取ったりしてきましたが、こんなにもダイレクトに、直接的に『愛されるために生まれた人』というメッセージを聞いたことも、ましてや、言われた事も無かったからです。ハッキリ言葉では言い表せない、とても暖かい気持ちになり、涙があふれ出そうになったのを覚えています。 私は、家庭環境が複雑だった事もあり、自分以外の人に心をオープンにし、本当の気持ちを伝える事が出来ず、間に壁を作っていました。人前に立つことや、学校のクラスメートの前で教科書を声に出して読むことすら出来ず、集団行動も苦手で、とても自己中心的な性格でした。自分なりにもっと成長しなければと、人前に出る部活に入部したりと、努力をしてみたものの、やはり根本的な部分は変えられずにいました。しかし、教会でメッセージを聞き、御言葉を学ぶ内に、人と比べて成長が遅い自分に対する焦燥感や劣等感から解放され、苦手だった集団行動も、少しずつですが出来るようになり、どんどん心が開かれていきました。「どんなことでも思い煩うのはやめなさい。/何事につけ、感謝を込めて祈りと、願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。/そうすればありとあらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとを、キリストイエスによって守るでしょう」4:6,7 主のこの御言葉と、大きな愛、そして恵みに感謝します。また、何よりも、私が導かれたすぐ後に、妹が教会へと導かれ、毎週日曜日に一緒に礼拝をささげられる事、そして、徐々にですが、母と叔母が教会へ来て、メッセージを聞けた恵みに心から感謝します。今月5月は、家庭の月という事もあり、まだ教会で御言葉を聞いた事のない祖父母を始め、私の家族全員が救われるよう祈っております。これから、もっと、御言葉と愛とによって大きく成長し、御言葉を伝えていく者となりたいです。 これで証を終わります。有難うございました。

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fffurniture生死の境で起きた救いの御業

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ヨハン早稲田キリスト教会 文書宣教部 みなさん、こんばんは。私は現在、医療用コンピューターを取り扱うパ会社で働いています。今晩この場において、私がクリスチャンとなった経緯と、私の家族に神様が与えてくださった恵みをお話しできることを感謝いたします。 私がクリスチャンとなったのは、中学校三年生のときでした。小学生のときにも教会学校に通っていましたので、漠然と唯一の神様がいらっしゃることは信じていました。しかし、中学に入ってからは部活動のため、教会から足が遠のいていました。部活を引退した中学三年の夏休み、私より先にクリスチャンとなった母親と姉の勧めで、ヨハン早稲田キリスト教会の主催する夏のキャンプに行くことになりました。 そこで、私には罪があるということ、罪ある私のために、イエスキリストは身代わりとなって、十字架で死なれたということを知り、信じ受け入れました。クリスチャンとなった私にはたくさんの変化が起こりました。 一つあげるとすれば、時折悩まされていた虚しさ、虚無感が一切なくなったということです。中学生であった当事、楽しく毎日を送っているようで、時折ふと虚しさに襲われることがありました。何のために勉強しなくてはならないのか。何のために生きるのか。答えの出ない疑問に不安になりながらも、その疑問を一生懸命頭の隅に追いやって考えないようにしていました。しかし、父なる神様が私を愛してくださっているということ、私の人生の最善の道を知っておられるということを知ってから、この虚しさが私の心に訪れることは二度とありませんでした。聖書の言葉が、私の行く道を照らし、希望となり、力を与えてくれました。 高校・大学・大学院と、クリスチャンとして歩むなかで、いつも主なる神様は私の願った以上の道を備え、困難を感じるときには、教会の先生や、信仰の先輩たちを通して助けを与えてくださいました。 母と姉と、私は、父と兄が聖書を通して信仰が与えられるように、またその歩みが祝福されるように祈ってきました。聖書には「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」と主なる神様の約束の言葉があります。父は、10年以上、「信仰には反対しない、しかし、自分は信じるつもりはない」と言い続けていました。 若い頃から、体力には自信があり、仕事も、自身の努力で切り抜けてきた父でした。しかし、昨年末に突然病に倒れ、緊急手術を行うことになりました。家族も呼ばれ、命に関わる緊迫した状況であることが医師から伝えられました。 手術に入る直前、家族がICUに入り面会することが出来ました。父は、自分の力ではどうしようもない状況に、初めて自分の無力さを口にしました。その父のために、家族全員で、私の罪をイエス様が十字架の血潮で洗い清めてくださったことを信じます、と告白する祈りをし、手術が守られるように、平安が守られるように祈りました。

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00002祈りに応えてくださる神様

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みなさん、こんばんは。はじめに、この場で証し出来る恵みに感謝いたします。   今日は、仏教徒であった私がどのようにイエス・キリストに出会ったのか、また主なる神様の偉大なる御業についてお話ししたいと思います。 私は、両親が日蓮正宗を強く信仰している家庭に生まれました。私は姉2人も含めて、幼いころからお寺に通い、毎日朝晩お経を唱える者でした。その教え以外に救いはなく、他の宗教はすべて地獄に落ちると信じ込んでいました。 しかし、家族皆がそれ程の信仰があったにも関わらず、私の家庭は会話がなく冷めていて、表向きだけ良い家庭を演じているように感じていました。そして、私自身は、なぜ人間がいるのだろう?なぜ生きているのだろう?と生きる目的がわからぬまま育ちました。 高校のころに、父の会社の経営が悪化したのをきっかけにお寺から離れ始めましたが、大学時代にクリスチャンであった今の妻と知り合い、転機が訪れました。妻が愛に満ちていたので、良い夫婦生活を送っていましたが、自分は教会に行く気など全くありませんでした。 ですが、仕事で非常に悩み苦しんでいるときに、私は妻にこう質問しました。「おまえは何でそんなにいつも明るいんだ?」その答えは「教会に行っているからだよ」でした。 何かに期待して私はヨハン早稲田キリスト教会に行ってみました。教会の方、皆が、温かく迎えいれ、私の悩みに耳を傾けてくださいました。そして、ある聖書の御言葉が目に入りました。フィリピ4:6にある「なにごとにも、思い煩うのはやめなさい」、神経質で、マイナス思考の私の心はこの言葉で軽くなりました。また、歓迎の時間に流れた歌「あなたは愛される為に生まれた人」この歌に胸が打たれました。私は愛に飢えている者でした。私は愛される為にこの世に生まれてきたのだと考えると、心が熱くなるのを感じました。なぜ教会にはこんなに愛があるのか知りたくて、毎週教会には来るようになりました。ですが仏教徒であった私は、祈りもしない、聖書も読みたくない、勿論、礼拝で献金なんかしたくないと、神様を信じることはありませんでした。 そんなある日、また仕事の人間関係で悩み苦しみました。やけ酒をのんで酔っ払っても寝られないほどでした。その時に妻からあるひとことを言われました「あなたには誰よりも強い味方がいるでしょ」と、そして聖書の御言葉の“敵を愛しなさい” が頭に浮かびました。それから、彼の為に祈り始めました。敵を愛するなんてどうせ無理、という気持ちが交差しながらも、彼の長年の夢である「店を持つこと」ができるように、信じて祈りました。 祈り初めて1週間、相手から「俺、店持つからもうやめるよ」と突然言われました。なんと、たったの1週間で無理と思っていた祈りが叶ったのです。神様の御言葉は本物でした。店を持つというのは、何万、何十万ではなく、何千万の世界です、普通では考えられません。私はもう神様を否定することが出来なくなりました。 仏教徒であった私が、何故クリスチャンの妻と結婚したのか、何故思い悩み教会に導かれたのか、何故苦しみ祈り始めたのか・・、この時、主イエス・キリストを信じ救われる為の、全知全能なる神様のご計画だと知りました。 そして信じてから数年たち、私は主なる神様の人の想像を遥かに超える御業をまた知ることになります。私は現在、銀行プログラムを作るSEですが、毎年の祈り課題として35歳までに自分の会社・店を開くことができるようにと祈っていました。 3年前の妻の誕生日に、以前妻がチーズケーキを食べたいと言っていたのが記憶にあったので、こっそりとレシピを見ながら手作りのチーズケーキを用意しました。ドキドキしながら妻と食べると以外や以外これが美味しいです!そして実はケチな私にはいつも心に引っかかる御言葉がありました。第Ⅱコリント9:6-7にある「惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです。」私はこの御言葉を心に留め、職場や先生方・青年会・地方教会そして教会1階エニシダでの奉仕など、多くの人に喜んでもらうためにケーキを持っていきました。色々な方に喜んでもらえ、お店だせるんじゃない?と言われました・・しかし、ケーキは素人だった私には、無理だと思っていましたが、コスタをきっかけに、主に委ねやってみよう決心がつきました。毎日聖書の御言葉を暗証し、仕事の合間を縫って準備を始めたところ、主の導きの下、2010年クリスマスの時期にお店をオープンすることができました。そのとき私は33歳でした。 聖書の御言葉を実践したときに主なる神様が私を祝福してくださり、導いてくださったと信じています。このお店は教会が発祥です。私の力ではなく、主なる神様が経営されていると確信しています。これからも、いつも謙遜に仕え主に栄光を奉げます。 以上で、私の証を終わらせ頂きます。ありがとうございました。  

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大学生活が充実した!

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ゴスペルナイトで証をできる恵みを主に感謝いたします。 ヨハン早稲田キリスト教会に通う前の私は、学校にはほとんど通わず、毎日好き勝手に過ごしていました。 期待して入った大学が、気の合う友達もいなくてつまらない、勉強も難しい、家から遠くて通うのが億劫だったからです。しかし三年生になり、周りが次々と就職を決めていく中で、今のままじゃ永遠に大学生のままだ!マズイ!と焦り、去年から学校に通うようになりました。 夏休み明けの9月に大学内で行われている韓国留学生とのBIBLE STUDYに誘われ、韓国語を専攻していた私は韓国留学生と友達になりたいとの思いで参加をするようになりました。聖書は見たこともなく、イエス・キリストの話も知らなかったのでBIBLE STUDYは新鮮で楽しい時間でした。教会に初めて来たのは去年のThanksgiving Dayで、ただクリスチャンの信仰心の強さに圧倒されビックリしたというのがその時の感想でした。しかし定期集会を通してクリスチャンの親友ができた事と、教会の先生や兄弟姉妹のおかげで自然とイエス・キリストを救い主として受けいれることができました。そして今年のユースキャンプにも初めて参加をし、40期の受洗を受ける恵みをいただきました。 イエス様に出会ってから、私の生活は変わりました。 まず嫌々通っていた学校でしたが、勉強ができる恵みに感謝をするようになり、学校に通うのが楽しくなりました。また今までは関わらなかった人とも自然と仲良くなり、友達も増え、沢山の刺激を受けるようになりました。両親はクリスチャンではないのですが、私の変化を一番近くで感じているので、教会に通っていることを、すごく喜んでくれています。 このように沢山の恵みを下さった主の為にわたしも何かできることはないかと、考え、祈るようになりました。 その時与えられた御言葉は(マタイによる福音書:7章7節) 求めなさい。そうすれば与えられる。探しなさい。そうすれば見つかる。門を叩きなさい。そうすれば開かれる。 これからの就職活動や社会に出る前に、不安でいっぱいだった私に、主と共に歩めば必ず道は開かれるという希望をこの御言葉から与えられました。 この御言葉によって、今日の就職セミナーに積極的に参加することができました。実際にクリスチャンとして社会で活躍している方々の話を聞き、自信をもってVisionを語る姿に私も自信をもらうことができました。 初めて参加する8月のKOSTAでは、世界で活躍するクリスチャンの方々のセミナーを通して、更に明確なVISONが与えられることを期待しています。 まだVISIONが見つかっていない方は是非一緒にkOSTAに参加しましょう! すべての栄光を主に帰し、私の証を終わります。ありがとうございました。 た

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学生生活が充実した!

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  こんばんは。今日のゴスペルナイトにおいて証しする機会を与えてくださった主に感謝します。 今日は、私の生活の中で、私と共に歩んでくださり、励まし力づけてくださる主なる神様について話したいと思います。 私は一昨年の6月にヨハン早稲田キリスト教会で行われたゴスペルコンサートを通して初めてヨハン早稲田キリスト教会に導かれました。当初は聖書やイエス様について何も知らなかった私ですが、聖書勉強や洗礼クラスに入ったことをきっかけに私が神様の前で罪人であるという事、また私の罪のために十字架につけられ死なれたという事を知り、イエス様を罪からの救い主として信じる信仰が与えられました。 神様は私に生きる意味と希望を教えてくださり、それを糧として、私は大学生活、バイトと信仰生活に励んでいました。大学の学科が課題や実習があり、毎日が忙しくて自分の時間があまり持てない日々でしたが、主が私と共にいることが私の喜びであったため、なんとかこなしてきました。しかし、今年の大学の前期の試験の結果は自分の思った通りの結果にはなりませんでした。はじめはあまり気にしないようにしていたのですが、頑張ったのに何故自分は結果を出すことが出来なかったのかという疑問が生じてからは、私は自分自身を責めるようになりました。高い学費を払ってくれている親に申し訳ないと思うと同時に頑張ることしか取り柄がないのに、頑張っても結果を出すことの出来ない自分はだめな人間なのだとも思い、自分に憤りを感じていました。 また、「思い悩むな」との主の御言葉に従順出来ない自分がもどかしく、苦しかったのを覚えています。このように落ち込んでいる時でも主は祈る心を与えてくださり、私の信仰を守ってくださいました。 その祈りの中で得られた答えが、私の言葉を聞き、その通りに歩みなさいという神様の声でした。それからは毎日の通学時間を利用して、聖書を黙想し、学校に着いてからは聖書の通読と祈りの時間を持ちました。このような日々の主なる神様との交わりの生活を通して悟ったことがあります。それはすぐに結果を出すことに執着するよりも、主に委ねて主と共に課題に取り組んでいく過程のほうが何百倍も尊く価値があることを主は教えてくださいました。 また、なかなか自分に自信が持てず、自分を愛することが出来なかった私の罪を悟らせてくださいました。「心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず常に主を覚えてあなたの道を歩け。そうすれば主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。」(箴言3:5-6) 主はいつも変わらない愛で私を愛してくださり、私がつまずいたとしても行く道筋に光を照らし、歩く力をも与えてくださいます。主は私に素晴らしい人生のご計画を与えてくださり、その道を望むのであれば、何度も失敗したとしても、また立ち上がることができると私は信じます。これからも、全ては主に委ね歩んでいきたいと思います。これで証しを終わります。有り難うございました。ヨハン早稲田キリスト教会 文書宣教部

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万事が益となる!

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  みなさん、こんばんは。今晩、ゴスペルナイトで証しさせていただく機会を与えてくださった主に感謝いたします。今日まで、主の恵みと教会の先生方をはじめ、多くの兄弟姉妹の祈りと励ましがあったこと、また信仰が与えられ、4月に受洗させていただいた恵みに心から感謝いたします。  私がはじめてヨハン早稲田キリスト教会へ導かれたのは、昨年の10月です。当時、地方から上京し一人暮らしを始めて間もないころでした。イエス様を信じる前の自分は、毎日の時間を大切にすることを忘れ、過ぎゆくままに生活することが多くありました。 また、幼いころから人付き合いに苦手意識を持ち、学校生活になじむことができませんでした。それを克服したいという思いもあり、アルバイトや勉強に励むようになりましたが、いつも漠然とした不安を覚えていました。生活に少しずつ慣れてきたころ、吉祥寺でゴスペルナイトを紹介されました。 はじめは宗教に対する偏見や警戒心をもっていました。しかし、聖書勉強と礼拝での賛美、牧師先生のメッセージを通して御言葉を聞くうちに、徐々に主なる神様の限りない愛を知る恵が与えられました。今まで、他人に対して裁く心が強かった私の罪の問題を悟らされ、そんな私の罪を、神の子である罪のないイエスキリストが十字架の愛によって贖ってくださり、復活を通して信じる者に永遠の命という救いを与えてくださった事実を知り、主イエス・キリストを信じる心が与えられました。  ガラテヤの信徒への手紙2章20節「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストが私の内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。」 イエス様を信じてからは、どんなときでも共にいてくださり、私のすべてをご存じであるイエス様が、私の不安だった心を平安で満たしてくださいました。そして、今まで自分の力により頼んできましたが、弱さや限界を感じていました。主から離れては何もできないのだと悟ったとき、苦痛や負担感といった不自由さがなくなり、喜びへとかわりました。生きる力をも主は与えてくださいました。  ローマの信徒への手紙8章28節「神を愛する者たち、つまり、ご計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。」 今まで悩んだ時期があったからこそ、すべてをご存じの主が万事を益としてくださり、私を救いへと導いてくださったのだと信じて感謝いたします。そして、この救いは私だけでなく家族、友人も救いへ導かれる尊い主のご計画のゆえであると信じます。これからは、自分が出会ったイエス様を、私のように自分の力で生きようとして苦しんでいる人に伝え、救いに導いていきたいと思います。  すべての栄光を主に帰し、私の証しを終わります。ありがとうございました。

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